鉄道の緻密(ちみつ)な絵と夢のある物語で、多くの子どもの心をつかんだ絵本作家がいた。亡くなって10年、妻の投稿が朝日新聞「声」欄に載ると、作家や作品の名がないにもかかわらず、「あの人では?」「大好きでした」などの反響が届いた。愛され続ける鉄道絵本を生んだ作家の素顔は――。
神奈川県出身の横溝英一さん(1930~2014)。乗り物の絵本を中心に約20冊を出し、多くが版を重ねて読み継がれる。
優しく繊細なタッチで正確に描写し、「しんかんせん のぞみ700だいさくせん」(2001年、18刷)、「はしる はしる とっきゅうれっしゃ」(2002年、15刷)など、数々のロングセラーを生んだ。
弟の乗ったブルートレイン「はやぶさ」に乗り損ねた姉が、新幹線「こだま」で追いかける「しんかんせんでおいかけろ!」(1997年、15刷)など、鉄道ファンならずともドキドキする物語も。富山県・黒部峡谷のトロッコ電車や岩手県の三陸鉄道など、地域密着の鉄道絵本も描いた。
「物静かで、こだわりは強く、とにかく仕事熱心」と妻の睦子さん(88)は振り返る。旅行では、荷物そっちのけで鉄道や駅舎の撮影に夢中になったという。
福音館書店で担当編集者だった川鍋雅則さん(60)は、カメラをぶら下げて車窓に張り付き、電車を内から外から撮影する姿を覚えている。「子どもの目は侮れない。絵に矛盾がないよう神経を使っていました」
2006年、九州のJR肥薩線の取材では、東京から熊本へも夜行列車でと提案され、「まさに『乗り鉄』。まいりました」と笑う。風景の変化を捉えるため1年にわたり取材を続け、1冊の完成に2年かかることもあった。
長男で建築家・東京芸術大学教授のヨコミゾマコトさん(62)は、小学生の時から夏休みにほぼ毎年、東北の鉄道の取材旅行へ同行した。
英一さんは事前に地図をじっくり読み込み、現地では線路の周りの建物や標識を丹念にスケッチし、列車が走る絵を完成させた。「父の興味は、鉄道が地域に溶け込む姿にもあったと思います」
土地の特徴を調べ、周囲との調和をはかる視点は、マコトさんの仕事にも影響を与えた。進学など節目には「自分に正直に、ごまかさずに」「夢中で仕事をすれば評価は後からついてくる」とアドバイスをくれた。いまも大事にしている言葉だ。
英一さんが晩年に現地で描いたスイス山岳鉄道の水彩画が実家に残されており、「いつか出版を」と考えている。
なぜ、こんなに鉄道を描いた…